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zoom RSS 第28回 国見岳<熊本県最高峰>

<<   作成日時 : 2008/07/27 09:34   >>

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熊本県の最高峰「国見岳」。標高は1739メートルである。霧島火山帯の北端に位置し九州山地にある。阿蘇山、霧島山の中間地点にあり、地味な山である。地元の人に熊本県の最高峰を尋ねたら分からないという。当然山に興味のない方に聞いてもムダだと思ったが意外と知られていないことは事実である。今回この山を目指すに当って情報が足りないことである。観光地化されていないのでまた魅力でもあるのだが。少ない情報を自らの経験を生かし駆使するのもまた楽しいのである。

熊本県/最高峰:国見岳(標高:1739メートル)

「正則の山行記録3・第291回」より
実施日:平成19年4月17日〜19日
目的地:国見岳<熊本県最高峰>
メンバー:単独(56才)


ここ1週間内に銃による事件が多発している。アメリカで韓国人大学生が32人もの学生を拳銃で殺している。そして今回の旅行中に長崎市長が選挙演説後に事務所前で暗殺された。と翌日に町田でも暴力団が自宅アパートで銃を乱射して立て籠もる事件があった。アメリカ社会では歴史風土で自己防衛は当然なのかもしれない。2億個の銃が出回っている。1人に1個の割合である。本当に恐ろしい国である。日本においても暴力団による銃乱射事件が多い。闇世界で売買される銃。これを取り締まる警察にも、もっと力をいれてもらいたい。一般人を巻き込むことは絶対許されないことだ。特に長崎市長の暗殺は暴力団の卑怯極まりない極道レベルでも最悪な行動である。
暴力団内部でも日本の不況下で資金稼ぎが難しくなってきたのだろうか。闇の世界に強力なメスを入れるのに丁度よい機会かも知れない。
 それにしても、人間は愚かな動物だと思う。「目には目を、歯には歯を」を地で行く、イスラムの中近東。それと変らないアメリカ。憎しみと殺し合いはまだまだ続くのだろうか。どうにか世界の人々がガンジーの無抵抗主義の欠けらでも身に付けてもらいたいものである。

4月17日(火)
 今日は雨である。暖冬から春もいつもより早く訪れたが、ここ数日寒い日が続いている。それでも今日から九州の旅行である。胸を膨らませて出発する。
 9時25発熊本行で出発。機内でやや耳が痛み出す。耳鼻科で貰っていた薬を悪化しないうちに飲む。
 飛行機が瀬戸内海から九州地方の上空に入ってきた。久住山付近だと思われる。4月中旬なのに雪化粧していた。「まさか!」と目を疑ったが、明日の登山に影響があるのではと心配になる。
 11時30分頃、熊本空港に到着し、予約していたレンタカーを借りる。返却時のガソリンは空港付近にスタンドがないので市街地でいれるよう指示があった。空港施設付近の規制があるらしい。今まではレンタカー屋とガソリンスタンドが近くにあり、病院と門前薬局みたいな関係かなと思っていたが、ここはめずらしい。
 今日はとりあえず、阿蘇山を観光する予定である。大津・道の駅で昼食を取る。やや霞んだ阿蘇山をドライブ。緑に囲まれた風景は心も癒される。
 ロープウェイ西駅に着く。ロープウェイは団体客で時間がかかりそうだ。それに妻と二人でロープウェイを往復するよりも車で有料道路を使っていった方が安い。
 火口付近の絶壁は硫黄臭い。ガス中毒を警戒する警備員が配置されていた。白人外国人も居れば、台湾の団体客もいて賑やかである。それにしても寒い。早めに写真を撮って車に戻る。
 本日の宿は熊本市の東急インである。ホテル自体に充分な駐車場がないので、明日の登山後の妻との待ち合わせ場所について事前調査が必要だ。熊本城の二の丸駐車場に行くことにした。
 熊本市は以外と大きな町である。九州では福岡、北九州市に次ぐ大きな町
で人口も70万人。中々縁がないので熊本を堪能したいと張り切ってきたものの市内の名所がわからない。とりあえずはお城である。
 ナビゲーターに導かれて来たものの、誤って桜の馬場駐車場に入った。二の丸駐車場にしてもここにしても大差なさそうである。私も明日の山登りでじっくり市内を見物できないので今のうちにと、お城見物をすることにした。
 久々に大きな天守閣に登った。平坦にある町だと思っていたが、近くにもっこりした山があった。なんだが阿蘇山から下りて来ても寒い。デジカメも寒さで電池の消耗が早く、シャッターが下りず困る。
 お城を一周して車に戻る。我々の目指すホテルはすぐらしい。やはりホテル前に駐車スペースがなく、近くの立体駐車場を紹介された。
 ホテルにチェックイン。明日3時に私だけここを出たいと申し出ると、弁当も用意してくれるという。とても有り難いことである。
 夕食は街中をぶらり散歩しながら済ませた。あっちこっちで市会議員選挙の立候補者が演説していた。
 部屋に戻り、登山の準備を済ませた。テレビをつけると長崎市長が撃たれたと速報されていた。「いやな事件だな!」と妻とおしゃべりする。こんどは天気予報で、一日中雨で山では雪である。しばし悩む。止めよう!無理することはない。フロントにすぐ電話して弁当の件は中止にしてもらった。「ああ、せっかく遠くまで来たのに」ベッドで悶々とする。頭を切替えて、明日の観光計画を考える.....

4月18日(水)
カーテンを開くと窓ガラスは涙でぬれていた。今日は何処へ行っても雨。熊本市内をこのまま去るのも物足りないので、市電で上熊本まで往復した。
駐車料金を1000円払い、天草へ向かう。
道の駅「宇土マリーナ」による。妻のお決まりコースのひとつである。道の駅で地元のめずらしいものを発見するのである。ここは水産物が豊富である。また南国の地でもあるので果物がおいしい。
妻曰く、帰りにもここへ寄りたいとの希望である。
天草五橋を渡る。晴れていれば景色は最高なのだが。海岸線から、島と島を結ぶ高台の橋から有明海が綺麗だろうなと恨めしく思う。むなしくワイパーだけが忙しく動いている。
リップルランド道の駅で買い物を兼ねてゆっくり食事をした。
本渡のループ橋を渡り、天草下島を斜め横断する。崎津漁港の狭い路地に入り天主堂を見学する。風にあおられて傘はオチョコになる。次に見晴らしの良い大江天主堂を見学。当時の幕政で殉教者が多く出たようである。踏み絵で隠れキリシタンの掃討作戦で死者も多かっただろう。
次に島の突端にある富岡城址へ向かう。前もって調べていないので、誰の居城なのかも知らない。取りあえず観光の体裁を整えるために行くのである。相変わらず雨は降り続く。
城址の裏に駐車場がある。縦看板に富岡ビジターセンターは水曜日、休館日とあった。妻を置いて階段を登る。此の山の頂に立派な天守閣らしきものがある。門は閉ざされている。城内の広場に4人の大きな銅像がある。日本の為に活躍し二人(勝海舟と頼山陽)と天草の為に活躍した鈴木兄弟代官の二人である。天草島原の乱は宗教戦争におもわれがちであるが、一種の農民一揆であると書かれていた。島原の乱以降、新しく着任した代官(鈴木氏)が農民の苦情を幕府に訴えるため、自分を犠牲(切腹して)にして免税したとか。中には名代官がいたのである。横殴りの風と雨である。急いで下りる。
車に戻り、濡れた服をタオルで拭いていたら、パトカーが来た。おまわりさんがトイレに入った。出てきたら、私たちの所へ来て、免許書を取り上げ、免許書チェックされた。余り気分の良いものではない。不審者扱いである。
長崎の市長暗殺事件との関わりでもあったのか。最後に明日は天気がよさそうですとは言ってくれた。
 さあ、本日の宿を目指して戻ろう。
 本渡(ほんど)市、今は天草市となっている。最近市町村の合併が流行っているので昔の地図帳を見ていると困惑する。山梨のアルプス市とか、ややおふざけな町もある。旧来の地名が廃れていくのが残念である。「新しい地図を買わなくてはいけないな!でもまだ地名が変っていくので落ち着いたら買おうかな!」。
 民宿花月に着いた。仕事関係で長く住まい代わりにする人が利用している感じである。料金が安いので納得した。私みたいな登山者ならまだ良いが、観光目的で宿泊するには失礼だがお勧めできないかも!でも女将さん、従業員の方たちはとても親切である。
 
4月19日(木)
昨日、車中で登山を諦められず、妻に本日チャレンジすることを公表した。妻も納得してくれたようだ。0時に起きて、朝食代わりに弁当を用意してもらっていたので、ザックに詰めて、0時35分に出発。お昼に戻り、4時に熊本空港を発たなければいけない。すべて時間の制約の元で、動かなくては。国見岳登山口まで行けるのかも心配である。昨日の雨で土砂崩れでもあれば、これで退却である。でも行けるところまで進みたいと思う。
宇土半島の三角町から松橋インターを潜り、緑川ダムの渓谷沿いの細い道を進む。車一台すれ違えなさそうなところである。でもバス停があるので生活道路として活躍している感じである。闇の中を一人で運転しているのも気味が悪い。
所々で通行止めの看板があり、目的地の林道は大丈夫そうである。ナビを信じて、坂を下ったら、全面通行止めである。この先、車の折り返し無しのため、ここでUターンするよう掲示してある。橋脚工事らしい。ブルドーザーが一台ある。看板を横目に、突き進むとかなり急坂で軽の車で一台通れる道がある。一瞬フロントから道が見えなくなる坂道である。意を決して進むと右手の土手斜面に民家があり、左手は崖でガードレールもない恐ろしい所である。暗闇なので全体像が判らない。でも無事難所を通り過ぎた。
道も舗装道路に戻る。怪しい道の二俣に出る。ここでも全面通行止めである。よく見ると、マジックで国見岳登山口有りと手書きで書かれていた。これでホットする。砂利道になる。進むうちに親子の鹿が現れた。親は谷方向に身を隠したが、子鹿はヘッドライトの方向へと私の進路へ逃げていくのである。逃げては立ち止まり、其の繰り返しである。子鹿を驚かさないように、ゆっくり走る。数キロ進んでも状況が変らない。それでも辛抱強く進むと、左の膨らんだ道幅の広いところへ待機してくれて助かる。
途上に落石が点在している。通行に妨げる石はなくドンドン進む。しかしこの林道は相当長く感じた。今回は情報元が少なく、手元にはまともな地図がない。インターネットの山行記録が頼りである。最後の川を渡り、二俣の道を左に進むとやっと登山口の標識に出会った。(広河原)誰も居ない駐車場に止める。雪がまばらに積もっている。標高950メートル地点である。頂上は1700m。間違いなく相当な積雪量であることには違いない。時間は4時丁度。
暗闇である。しかし昨日の雨は無く、すこし安心である。おにぎり1個食べる。懐中電灯を出し、バンパーを上げ、バッテリーに新聞紙を被せる。下山したらバッテリーがあがっていたら最悪になる。念のため。
ロングスパッツを履く。たまたま持参して持ってきたから良いが、これがないと雪道は歩けない。
いよいよ出発。4時25分。急な登りをゆっくり登る。雪が増してくる。この雪で踏み跡は皆無。赤い布(テープ)が目印である。登りがなくなると山斜面を歩くようになる。インターネット情報では沢を3箇所横切るらしい。沢に下りると道が判りづらい。上を見上げて、目印を探す。斜面の歩きやすそうな所を探す。下手なところに行くと、登れず引き返す。また別なルートを探す。
やや明るくなる。5時52分。日の出である。東の山の峰から顔を出した。写真を撮るが斜面の登りでよいロケーションではない。ポケットから小さいマグロ肉のつまみを出して口に運ぶ。懐中電灯を仕舞う。
私の前に踏み跡がないといったが、実はあった。鹿の足跡である。但し信用すると獣道に入る恐れがあるので要注意である。
雪道も険しくなり、笹が倒れて潜ると手袋が濡れる。雪を払わないと手袋がびしょびしょになってきた。毛糸の手袋なので段々冷たくなる。かといって素手で居ると手が赤くなり、さらに冷たくなった。タオルを出して手に巻く。
どうやら沢から抜け出したようだ。尾根筋に出たらしい。倒木が多く、また目印が乏しく、足元の雪は4〜50センチ位ある。歩きづらく、疲労が増してきた。何度も目印を探す羽目に会う。辛抱強く、目印を探すのだが、ほぼ道が判らなくなる。時計を見ると7時前である。後ろを振り返ると一際高い山がある。何という山なのか。道を間違えた節もないし、分岐らしいところもなかった。かといって前進しても頂上らしい山は見当たらない。でもこの先に尾根に隠れているのかもしれない。このまま前進しても相当時間を食いそうだ。7時きっかりになったら引き返すことにした。7時である。また大きな大木が倒れている。ここで中止だ。ここまでくれば充分である。また次回のチャンスにでも来よう!。何時の間にか手袋がひとつなくなっていた。
悔しいがしょうがない。運がわるかったのである。自分の踏み跡を辿り引き返す。と途中に小さい15センチ四方の看板に気がついた。先に進んでいた山が平家山、戻る方向の先ほどの高い山が国見岳である。頂上まで30分とある。今更頂上を目指しても雪がなければ30分で行けるが、何時間かかるかわからない。登山口から頂上まで2時間(通常)。2時間30分経っている。ましてや天草までお昼に待ち合わせしている時間に間に合わなくなる。潔く下ろう。
晴れ渡る雪山の国見岳からの展望はさぞかしすばらしいことだろう。後ろ髪を惹かれる思いである。
来た道を落胆して下る。落としてきた手袋を拾い上げ、雪を払ってまた穿く。
沢を4本位過ぎた。水気を吸った雪である。斜面が滑りやすくなっている。気を落ち着かせて通り過ぎる。
雪もまばらになり、今度は踏み跡がなくなり、2箇所道に迷う。一旦下った道を登り返し、本道に戻って、やっと駐車場に辿り着いた。8時42分。
スパッツを脱ぎ、サンダルに履き替える。
9時丁度に登山口を去る。内大臣川に沿って下る。瘤の或るところでは車の底をぶっつけないようにゆっくり走る。小さい発電所には人の気配がした。さらに下ると津浦方面へ下る三叉路に出た。そして高所にある内大臣橋を渡る。ここからダム湖沿いの渓谷沿いの細い道を走る。今朝のあの闇の通行止めの崖っぷちの道に出ないのである。どうしてか判らない。不思議だ。
途中、道の傍らに広場があり、小用を済ませ、弁当の残りを食べる。
3時間半かかって民宿に到着した。民宿に弁当箱を返して、お礼を云い、妻を乗せて熊本空港へ急いで帰る。
雲仙岳も白い冠をしていた。宇土マリーナでネーブル、デコマリーンという甘い柑橘類を買い込む。高速道路を使い、熊本空港ICで降り、ガソリンを満タンにする。ここで給油して正解である。この先にガソリンスタンドがなかったようだ。
3時すぎにレンタカー屋に戻る。きっちり予定通りである。耳の方も初日だけ調子悪かったが、治まったようだ。
16時5分の羽田行で帰る。船橋東武のレストランに寄り夕食。生ビールが凄くクルミーで旨かった。

*所要時間
広河原登山口<2時間35分>平家山と国見岳間の尾根上<1時間42分>広河原登山口


「正則の山行記録4」より
目的地:国見岳(標高1783メートル)<熊本県最高峰・再チャレンジ>
実施日:平成25年10月21日(月)〜23日(水)
メンバー:妻と私(63才)
<省略>通潤山荘から
10月23日
5時に起床。妻はお弁当を平らげて、私は半分食べて、お昼用に回す。
6時過ぎに出発。まだ夜明け前なので暗い。途中から道は細くなり、いろは坂並みの道をぐんぐん下った。トンネルを二箇所潜り、三俣に出る。車を脇に止めてナビで確認する。丁度良いタイミングに新聞配達のバイクのおじさんが来たので、内大臣林道の道を伺った。右の道を進み、郵便局のところで橋を渡り、坂道を上がり左折すると教えてくれた。もう大分明るくなる。小さい集落の郵便局があり、ホッとする。後はナビ通りに進めばよい。
内大臣林道の入口に全面通行止めの看板があった。が1週間前に役場の建設課へ電話で確認したら通行可能ということだった。悩むことなく突入する。
林道を15分ほど進むと立派な角をもつ大鹿が進路を塞いだ。やばいかなと思ったが鹿はおとなしく林へ逃げてくれた。前回訪れたときは暗闇の中で親子鹿に先を阻まれた。子鹿がライトの光る方向に逃げては止まることの繰り返しであった。
砂利道で凸凹道なので底を擦らないようにゆっくりハンドルさばきして走行する。
細い道路わきの材木集積場を通過し、更に上がると無人の発電所がある。前回来た時と同じだ。その先がまだ長い。
広河原で1台の軽四輪駆動車とテントが一張ある。どうやらこの山に入っているのは我々だけではないと自信をもつ。
やっと登山口の駐車場に着いた。7時45分。駐車場にはもう一台車があり、わナンバーである。県外から登山者が入っているらしい。
登山靴に履き替え、ザックを担いで8時5分にスタートする。尾根伝いの登りが始まる。前回来たときは雪上なので登山道が良く分からず、小枝に吊るされているピンクのリボンを頼りに上った。沢に入るとリボンも見つからず鹿の足跡を追った。今回は登山道が枯葉でおおわれ、いかに整備されていないかが伺えた。前回同様リボンが頼りである。
妻に買ったストックを一本借りて、ゆっくり休み休み登る。空は青く、絶好な登山日和である。時々、鹿の鳴き声も聞こえてくる。30分ごとに小休止を取り、丁度1時間たって休憩をし、尾根伝いに進むと例のリボンが見えない。怪しいので下へ戻る。どうやら間違えた地点で沢へくだらなければ行けなかったのだ。4,5メートル先に朽ちた標識があった。妻は気を利かせて、その標識を誤った分岐に置きに行った。次の人が間違えないようにナイス配慮である。
枯れ沢を横切るのだが足場が悪い。かといってそれほど危険でもないが注意して歩く。大きな倒木もあり、ちょっとした障害物競走でもある。歩幅が合わないので特に女性は苦労するところだ。
足場の細い沢を3本越えること1時間でやっと歩きやすくなる。そして10時37分に平家山分岐の標識に出られた。
ここから一筋国見岳を目指せばよい。私は前回、道なき道の雪をかき分けてここで平家山へ向かってしまったのだ。手袋もびしょ濡れで疲労も重なり、途中で方向を間違えているのに気がつき、引き返えしたのである。
今回はその再度挑戦である。間違いなく頂上へ進めそうだ。妻には2時間で登れるよといったのだが既に2時間半は過ぎていた。ちょっと甘い判断であった。妻は文句もいわず付いて来ている。
頂上が近く感じるのだが、それなりに時間を要した。途中何か動く気配がした。親子鹿が駆け去っていた。
紅色に染まった枯葉の絨毯を歩くのも気持ちが良かった。
森林帯を抜けると岩場の上に社が見えた。頂上である。妻を優先してトップを譲る。11時20分着。頂上にはすでに一人の男性が居て「こんにちは」と声をかけられた。私に周りの山を教えてくれと頼まれたが、私も地元の人間ではないので私の知る範囲で方向から何々山でしょうと言った。彼は私が地元の人間だと思ったのだろう。話すうちにお互いが関東から来たことが分かり、納得してもらえた。駐車場にあった車の持ち主であることも分かった。新幹線を乗り継いで来たとのこと。この山に入るのにも慎重に下調べされてきたようだ。お互いにかなりの山行をこなしていることが分かる。
改めて周囲の山を眺める。青空のもと、阿蘇山が手前にあり、右手の山群が久住山、更に右に聳えて見えるのが祖母山だと思われる。南方には市房山の先に霧島連山が見えた。
頂上に鎮座する小さい社を背景に結婚記念40年周年(10月22日)として撮影。二人三脚の40年を無事山頂で祝えた。まだまだ若いつもりの二人である。
私は朝の残りの弁当を食べる。妻はビスケットである。
新幹線の人は11時50分頃に降りて行った。お互いに杉の木谷コースである。駐車場でまたあうことになる。
我々はゆっくりした後、12時5分に下山開始。
先ほど来た手前のピークを分岐で右折する。緩やかな高原地帯を降りる。段々降りるにつれ、登山道も枯れ葉に覆われてリボンを目印に下る。妻と話しながら、広河原登山口から登るより此方から登ったほうが楽かもしれないという結論に達した。安全でリボンさえしっかり押さえていれば時間も短縮できそうである。とはいえ、ずっと登りが続くので大変さは同じである。
途中から遊歩道として整備されていたような道に出る。林道にもう直ぐかなと思われたが、突然道がなくなっていた。土砂崩れ跡である。応急的に迂回路が上と下にあった。私は楽な方の下道を選んだが、正規な迂回路は上であった。
更に森林帯を下ると、左斜面が抉れていた。歩く分にはまったく問題がないが、数年経つと登山道も抉れてくるかもしれない。
高度も大分下がったのだろう。森の急斜面を下りきったら、目前に川と林道を発見。林道に出てほっとする。約2時間かかった。登山口の看板の文字は判読不明であるが前もって知識があれば国見岳登山口(杉の木谷コース)と読み取れる。手入れがされず放置されているようだ。娯楽、趣味も昔と違い、若者達の魅力から山登りは遠ざかっていることは間違いない。また同じ山でもアルプス、百名山だけが山ではないのである。もっと日本の自然を広く愛してもらいたいなあ〜と思うのである。
林道を30分ほど下がって駐車場があった。
新幹線の方も着替え中である。我々も挨拶をして運動靴に履き替えて、山を降りた。
途中、伐採された材木を大型トラックに積むため道が塞がっていた。若者二人で作業しているようだ。快くトラックを下げてもらいくぼ地で交差させてもらった。森林に働く方には頭が下がる思いだ。心の中で有難うとつぶやきながら更に凸凹道を降りた。
林道を降り終り、やっと一般道に出る。内大臣側の大きな吊り橋は絶景である。渓谷沿いの車道は狭い。
広い国道に出て、八代市へ向かう。3号線に出て、道の駅でトイレタイムと休憩。
二泊目の予定地、二階建ての亀の井インに午後3時に到着。やたらと作業服の人が多い。どうも観光客が宿泊する場所には向かないかな。でもフロントのお嬢さんの電話のやり取りを聞いていたら、本日はもう満室で断っていた。どちらにしても台風も近づいてきているので明日帰る我々としては地理的条件として、八代市が適していた。
2階の部屋に荷物を上げ、明日の帰りの荷造りをした。
夕食は道路沿いの同じ敷地内にあるバイキング店で食券を出してゆっくり満腹にした。ビール一杯無料のうたい文句があったのもこの店のサービス精神の現れか。昔、千葉で流行った「肉のハナマサ」と似ているような気がした。それをうまく宿泊施設と組み合わせているのがうまいアイデアである。若者には受入れ易い。
<省略>
参考
山行記録(ふたり)
@天候:晴れ、歩行距離:8Km、歩行時間:5時間40分
Aコースタイム
広河原登山口(駐車場)8:05発〜平家山分岐10:37〜国見岳山頂11:20(45分休憩)12:05発〜林道(杉の木谷登山口)14:02〜広河原登山口14:30

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