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zoom RSS 第40回 氷ノ山<兵庫県最高峰>

<<   作成日時 : 2012/10/22 09:08   >>

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氷ノ山後山那岐山<ひょうのせんうしろやまなぎせん>国定公園(兵庫、岡山、鳥取の三県にまたがる中国山地の東部にある)の一角にこの山がある。兵庫県最高峰で「ひょうのせん」と読む。(主峰は須賀の山)。周辺はスキー場で有名。登山口は一般的には兵庫県側の福定親水公園から入山する。一方、この山は鳥取県との県境でもあり、鳥取県の若桜からも入れる。私は旅行の行程上、このコースを取る。前回の後山から引き続いています。

兵庫県/最高峰:氷ノ山(標高:1509メートル)

「正則の山行記録4:第351回」より
実施日:平成24年5月8日(火)
目的地:氷ノ山
メンバ-:単独(61才)

5月8日(火)
早朝に目が覚めた。妻とちょっと散歩。確か近くに駅があるはずだ。智頭急行線は単線である。一両のディゼルカーが走る。それが見たかった。私は買ったばかりのパタゴニアのソフトシェアを着る。外はやや肌寒い。ここら辺の屋根は黒い瓦である。1軒茅葺の家もある。静かな農村地帯である。平屋の大きな建物があり、コンベンションセンターとある。中を覗くとゲートボール場になっていた。結構住みやすい所かもしれない。3軒の分譲住宅があった。広い敷地で都会人には羨ましいところだ。
あわくら温泉駅に着くとたぬき(人形)が温泉に浸かって歓迎してくれる。高架上にあるホームは無人駅なので勝手に入れる。時間を忘れ周りの景色にうっとりしてしまう。
おなかも空いてきた、宿へ戻ろう。三つ切りのおかず箱に目玉焼きと海苔、梅という内容。今日も山登りなのでご飯をしっかりお替りした。
8時30分に出発。ナビに任せ、鳥取県側から入山する。無料の高速道路を走り、河原(かわはら)インターで降り、付属施設である道の駅で休憩。地元のお酒をお土産に購入。
若桜鉄道に沿って国道482号線(国道19号線とダブル)を走る。29号線と別れ、氷ノ山へ向かう。坂道に入るともう一本新しい道路が工事中になっていた。ぐんぐん高度を上げ、スキー場を過ぎると国民宿舎の氷太くんに着いた。半円形の近代的な建物である。丁度10時。予定通りである。フロントで登山情報を集める。予定していた仙石コースは道が荒れているらしいので一般コースにする。妻はやや疲れたか今回はリタイアである。妻を置いて更に上のキャンプ場へ上がる。
キャンプ場の駐車場は私の車だけである。10時30分丁度出発するところへもう一台車が入ってきた。登山服を着た人が靴を履き替えていた。私だけでなく安心。その人は腕章していた。地元山岳会の指導員らしい。話しかけると登山道の状況を詳しく教えてくれた。倒木が多く、雪で道が不明瞭のところがあるらしい。別れを告げ、先行する。登山口はすぐ先を右折する。倒木が4箇所あるが雪道も迷うことなく進む。11時11分に三角の避難小屋がある氷ノ山越に着いた。今のところ、登山者とはまだ会っていない。山頂方面の尾根にはかなり残雪がある。ひょっとしてロングスパッツが必要かと思ったが、雪に直面したら出そうとそのまま登り始める。
登山道はうまく雪原と並行して進むのでスパッツは要らないようだ。
一組の若いカップルを追い越し、更に仙石コース分岐で男性3名を抜いて快調に進む。一箇所雪の斜面があるが注意して渡る。稜線を回り込んでここにも三角の避難小屋のある頂上に着いた。11時52分。約1時間20分。単独だから早く登れてしまった。ザックを小屋に置いて写真撮影。もう一箇所山小屋があるのでそちらに行くとトイレ兼展望台(2階)となっていた。トイレは今期積雪が多いため、5月末まで使用禁止だ。
先ほどの避難小屋の裏手のコースを探索すると完全に雪に覆われていた。とりあえず目的の二山を踏破したので満足。
小屋に戻り、仙石分岐で会った男性3名はこれから食事の用意である。彼らは兵庫県側の福定親水公園から登ってきたらしい。こちらは長丁場になるので私の選択肢から削除されたコースである。彼らに分かれを告げ12時12分に下山。
アベックの方もやっと頂上に到着。来た道をすいすい降りる。下から賑やかな声。体操服姿の中学生が集団で上ってくる。やれやれ参った。ロス時間が増える。しょうがないや!と諦める。どこから来たのと聞いたら、「たかつき」とのこと。聞いたことがあるがどこにあるのか分からない。更に聞くと兵庫県だという。(大阪よりにある高槻市らしい。)地元の行事なのかも。がんばれと励ます。100名位いたのか随分多かった。
更に降りると指導員の方とすれ違う。「いい山でした」と言ったら「また来てください、そしてゆっくり味わってください」と言われてしまった。返事に窮し、「今回は下で妻が待っているので」と濁す。
キャンプ場に午後1時25分着。あっさり登ってしまった。
氷太くんへ戻る。妻は宿の計らいで早めに入室できたらしい。我々も部屋で寛いだ。本日、地元中学生の宿泊があるそうで食事時間が一緒になるのでずらしますかと言われたが、妻は待てないので一緒でよいということにした。お風呂は子供たちの入る前に私は早めに入った。
夕食も45名の生徒と先生たちと一緒に食事。無論席は離れているが。食後先生が挨拶に来た。妻が釘を刺して、うるさくならないようにと!
5月9日(水)
早朝。私は氷太くんの上にある「響きの森」を一周してきた。また雨が降ってきたので宿に戻り、朝食とする。
食後また別の先生が来て、挨拶。妻が曰く、非常に静かで休めました。先生の指導がよいので生徒さんも大人しかったです。何せ長崎の宿では妻が先生に怒鳴りつけた一件があるのだ。でも本当に元気がないのでかえって心配したくらいである。どうやら昨日は17キロメートル先の八東中学から登ってきて疲れていたせいもあるのだろうか。
ここを8時30分に出る。妻に宮本武蔵の里と本日の宿、良寛荘へ向こうことにすると告げる。特に反対意見もないので昨日来た道を戻る。
スキー場を過ぎて若桜鉄道沿いに走る。あった宿の子供たちの学校が。いや随分遠くから歩いたものだと感心した。「八東中学生の皆さん、本当にお疲れ様でした」。まさか帰りもということはないと思いますが。
高速道を入り、大原へ。武蔵の里がよく分からず、適当な駐車場にとめる。武蔵の誕生地はすぐ近くにあった。ついでにお墓と神社に行くと、神社でお祓いがされていた。おばさんにどうぞと進められて正装した人たちの後ろに並ぶ。武蔵の命日に行われる行事とか(本当の命日が10日後なのだが農作業で忙しいので前倒しで行なれているそうだ)詩吟まで始まった。我々は中座して神社から下りた。
武蔵資料館により、ビデオを拝見してきた。最後は熊本城で余生を送ったらしい。でも彼の出身は播磨の国ということであるが美作の国は疑問視されてもいる。真実は分からない。
我々は高速道を通らず、一般道を進む。途中の湯郷温泉先のドライブインで昼食にした。崖下の駐車場に落石注意の看板があり、大丈夫かなと心配しつつ、食事したらすっかり忘れていた。
岡山市をバイパスする国道2号線を進み、倉敷市を通り過ぎて玉島の町へ入る。入り江の町中から坂道を上がると良寛荘である。午後2時25分。
フロントへ行き、チェックイン。まだ夕食まで時間がたっぷりあるので、玉島町の地図をもらい散策することにする。ところがいざ外へ出てみると、雨がポツリ、そしてゴロゴロという雷の音がした。やばい、と部屋へ戻る。30分ほどして、雨がやんだ。仕切りなおしである。フロントから傘を2本借りて外出。まずは良寛荘の隣にある円通寺へ。山でさんざん登ってきたのでここに来てまで階段とは。きつい。
庭園と良寛さんの銅像を見て、鐘付堂へ。誰もいない静かなところだ。私が一発撞いた。「ゴゥオ〜ン」。いい音である、町中に響いたかな。そして妻も負けじと「ゴゥオ〜ン」。
細いとても急な坂道を降りる。この細い路地に人が暮らしているのだと感心。そのうちスクーターに乗ってさっそうとしたセールスレディが勢いよく上ってきた。よく怖くないものだとこれまた感心してしまった。
坂道を下りきったところで、昔からある醤油屋さんと酒屋さんがあった。酒屋さんの土間に入る。品の良い女将さんが「いらっしゃいませ」。店内に歴代の首相が書いた「国酒」と書かれた色紙が並んでいた。野田さんの色紙も壁にまだ張られていない状態で立てかけられていた。国賓にお土産で使われているのかな!相当な名酒かも。「燦然」ちょっと味見をしたいところであるが。あつかましく味見の要求はできなかった。手元に大金がないので5合純米酒を1本買う。我が家のお土産にしよう。
川を渡ろうとしたら、半分沈みかかった捨て舟の中に黄色のあやめかスイセンらしい花がきれいに咲いていた。故意にそうしているのか自然にそうなったのかは定かではない。ちょっと変わった風景でした。
問屋街を抜け、巨大な建物か出現。よく見ると鳥居があり、中の急坂を上がると立派な神社があった。(妻は足が痛くて坂道を拒否)金箔の神輿が一基。この町は「不思議な町」である。下に戻りまた散策を続ける。古い建物があり、よく見るとソース屋さんだ。中を覗こうと思ったが宿舎に戻るのが遅くなりそうなので、パスしてこの先の池へ。池の淵にある木造家は今にも崩れそうである。ドラム缶橋を渡って商店街を通る。ほとんどの店のシャッターが下りていて閑散としていた。古い建物なのでもっと活性化できないものなのだろうか。「勿体ないな!」
ほぼ一周して戻ってきた。妻が地元の先ほどのソース屋のソースが欲しいと言い出す。小さい商店にあるかなと覗いたらあった。早速お土産用に5本も買う。帰りに持って帰るのは難儀だぞ。
円通寺の路地の坂道を登って、良寛荘へ戻る。本日は山に登らなかったが、町歩きでいい運動になった。
夕食は飲み物が一杯サービスになっていた。もちろん生ビールを頂く。一杯で終わらず、追加。喉に滲みるおいしいビールでした。料理もさることながら、料理に敷いた和紙に描かれた良寛さんと子供の絵がまたすばらしい。この宿舎のもてなしと心遣いがよくわかります。
5月10日(木)
カーテンを開くと港町を一望できる。昨日よりは遠望できるが霞がかっている。結局この4日間、晴れていたが、霞空であった。青空のない4日間でした。
朝食を済ませる。会計をするときにこの宿舎の経営がシダックスと分かった。やはり旅館・ホテル業界の経営は難しいのだろうか。でも昔の休暇村を再生してもらえればこれもひとつの生き方なのかもしれない。
お土産と着替えを大きなザックに仕舞う。そしてこれを宅急便で送ることにした。余りにも荷物が多すぎてしまった。フロントで手続きを済ませる。
さて本日は帰り。ただで帰らないのが私流である。これから倉敷の町を探索し、次は岡山だ。8時30分に出発。やや渋滞の道を通り、倉敷駅の駐車場に留める。急ぎ足で美観地区を一回りしてきた。さすが玉島と違い、観光客が多い。
次なる岡山へ向かう。大きな町だけあり、信号待ちが多い。岡山城付近の駐車場に車を留める。本日のメインはお城と後楽園、そしてちんちん電車である。お城はピカピカで黒い。別名烏城とも言われている。築城は宇喜多秀家である。織田信長の築いた安土城がモデルらしい。城郭建築上貴重な建物とか。天守閣に上がり、360度の眺めを楽しむ。中階で殿様の籠に入り、ご満悦気分を味わえた。
お城を下りて、旭川(城のお堀にもなっている)を渡ると日本三大庭園のひとつ後楽園がある。富士山を模った頂を登り、はいポーズ。
やや蒸し暑い。なるべく日陰を探して歩く。幼稚園児の集団が目立つ。結婚式があったのか和服姿の花嫁、花婿さんの記念撮影中であった。
ビジネス街をとおり、城下(しろした)停留所から待望の岡電(旧式)に乗り、終点の岡山駅へ。ドイツ製の新型車両とすれ違う。まずは新幹線も止まる駅まで歩く。駅前の桃太郎像を通り、駅構内のレストランへ。昼飯にする。海鮮定食を食べる。時間が気になり、急いで帰りモードになる。ちんちん電車に乗り、駐車場へ戻った。後はナビで空港を入力。
空港周辺はなにもない。ガソリンスタンドは空港に一箇所ある。満タンにしてレンタカー屋へ。予定より2時間早く戻り、1000円キャシュバックされた。アンケートに記入したら、お菓子が貰えた。
本日の最終便より一便早い飛行機に乗れた。しかし飛行機は東京周辺の異常気象で雷雨と雹があり、35分ほど遅れて出発したそうだ。当然こちらもその分遅れることになった。飛行機はボーイング737-800で新しい。隣のデッキには全日空の最新鋭787型が駐機。
無事羽田に到着。旅客ターミナル3階のライオンで夕食兼お疲れさん会である。たのしい旅でした。奥様も大変お疲れ様でした。

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参考
1.山行記録(単独)
@歩行時間6.5Km/歩行時間2時間33分
Aコースタイム
キャンプ場10:30<40分>氷ノ山越11:11<40分>山頂11:52<休憩20分>12:12<42分>氷ノ山越12:54<31分>キャンプ場13:25着
2.費用(現地)
レンタカー代         23、153円
ガソリン代           4、565円
宿泊代(3泊/人)       30、000円
駐車場代2箇所          800円
武蔵資料館            500円
岡山城・岡山後楽園       560円

次回は41回龍神岳(和歌山県)の予定です。

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