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zoom RSS 第32回 雲仙普賢岳<長崎県旧最高峰> 

<<   作成日時 : 2009/06/09 10:22   >>

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 雲仙岳は島原半島の中央にあり、塊状火山、成層火山が複合された火山群の総称である。普賢岳、国見岳、妙見岳の三峰、野岳、九千部岳、矢岳、高岩岳、絹笠山の五岳からなる山体の総称である。「肥前風土記」には高来峰(たかぎみね)と記されている。雲仙はもとは「温泉」と表記され「うんぜん」と読ませていたが、国立公園指定の際に現在の表記に改められた。
 長崎県の最高峰はちょっと前までは普賢岳(標高:1359メートル)であった。平成2年から平成7年にかけての火山活動で形成された平成新山(へいせいしんざん/標高:1483メートル)が更に高くなり、今は長崎県の最高峰となっている。長崎県の最高峰を登りたいところであるが、入山禁止になっているため、旧最高峰を登ることにした。前回の佐賀県最高峰経ヶ岳に続いてご案内します。<写真:手前が普賢岳、後ろが平成新山>

長崎県/旧最高峰:雲仙普賢岳(標高:1359メートル) 

「正則の山行記録4・第309回」より
実施日:平成20年10月25日(土)
目的地:雲仙普賢岳<旧長崎県最高峰>
メンバー:妻と私(58才)

10月25日(土)
6時30分に起床。朝食は7時。私は有田の町を見ていないので妻を誘って散歩することにした。九州の朝は関東と比べ遅い。まだ暗い。有田駅まで歩くことにした。駅の待合室で素焼きを自由に持って帰れる。手ぶらで来たので素焼きを入れるものがない。とぼやいていたら、売店のおばさんが親切にもビニール袋を渡してくれた。どうやら妻も元気になったのかおばさんと話があってしゃべりこんだ。もちろんただでは申し訳ないので小物を買う。
八百屋さんにより、果物を仕入れる。
宿に戻り、また朝食が豪勢である。ディナー並みである。ご主人がとてもお料理が好きだとのこと。妻と奥さんは身内の子供達の話で盛り上がるのである。民宿の良さは思いがけない料理とおしゃべりにあるのかも!
東彼杵(ひがしそのぎ)の道の駅による。思いがけない買い物をする。有田焼を何も買わないで来たのであるが、ここで手頃の有田焼を仕入れた。息子達の土産も一緒に。
ひたすら雲仙岳を目指して走る。雲仙温泉で素直に有料道路を進めばよかったものの、反対側の道に進み、有料道路の出口に出てしまった。この有料道路が一方通行だと初めて分かった。とんだ道草をしてしまった。来た道を戻る。
有料道路に入り、グングン高度を上げる。展望台に寄り、雲仙普賢岳と平成新山を比較した写真を見る。新しく噴火した平成新山が普賢岳より100メートルほど高くなったのである。本来長崎県の最高峰になった平成新山に登りたい所であるが、入山禁止となっている。元最高峰の普賢岳で我慢することにした。
仁田峠に11時25分に到着。さすが普賢岳である。観光客が多い。妻はロープウェイで私は歩きでロープウェイ終点駅へ。
11時35分に出発。幼稚園児の団体さんが元気よく降りてきた。
55分に着く。妻と昼食。周りの風景が良く見える。下界は雲海である。
午後0時10分に出発。妙見神社を潜る。普賢岳の上に重なって平成新山が見える。
国見岳も登る。ここはやや直登で岩場がある。小さい子供には不適当な山である。妻は怖いもの知らずでスイスイ上っていってしまった。妻の方が私よりも度胸があるようだ。
0時50分に国見岳。二組の夫婦が陣取っていた。狭いので丁度良い。我々も仲間に入れてもらう。普賢岳の頂上は人影が多い。
来た道を下り、普賢岳への道を進む。ほんの少しだけ紅葉している。紅葉の茶屋(標識だけある)から登りになる。登り道は楽勝であるが、下山者が多い。複数の団体(子供、大人)登山者とすれ違うのに閉口した。
1時32分に到着。誰もいなくなっていた。溶岩で盛り上がった平成新山をまじまじと眺める。妻と喜ぶ。すばらしい景色である。また周囲の雲海に浮かぶ山々も眺める。久住山なのか阿蘇山なのか、よく分からない。でも二人だけでこの景色を満喫できた。しばらくしたら国見岳で会った夫婦も登ってきた。山口県から来たそうだ。お互いに励ましあって分かれた。
2時5分に下山。紅葉の茶屋に20分。後は平坦な道を下り、賑やかな仁田峠に2時50分に到着。
駅の2階で山なのに海の幸、煮干、アゴを買い込む。
山を下り、小浜温泉へ。
小浜温泉は米大統領候補のオバマ氏を応援。同じオバマということで。
我々の宿泊場所は地方共済会組合の保養所である。予定では島原の宿泊施設を予約したが満員で断られた。半島の真反対になるが、温泉地でもあるこの地を選んだ。民宿とは違い、気楽に宿泊できた。ただ困ったことに少年野球の10名ほどの団体が夜中騒ぎまわり、我慢の限界にきて、叱り付けた。女房もその指導者に抗議したら、急に静かになった。薬が聞いたのか、翌日の朝食時はとても静かであった。

10月26日(日)
半島の山を越え、原城跡へ。畑の中を通り過ぎると、石垣だけの原城に着いた。9時頃。やや霞んでいるがどっしりとした雲仙の山が見える。
ここに来る観光客は少ないようだ。大型バスの駐車場もない。自家用車で20台ぐらい駐車が可能。静かな石垣の上の公園を散策。天草(益田)四郎時貞の像と「島原の乱」の説明書された看板を見て、壮絶な戦いを垣間見る。
10時10分頃に道の駅「みずなし本陣ふかえ」に寄る。土石流被災家屋保存公園(道の駅に在る)を見学する。土石流で埋まった家屋がそのまま残っている。大自然の猛威をまざまざと見せ付けられた。ここでのお土産は盆栽風になった「みやま霧島」。家で育つかな!
島原城に11時10分着。小雨が降ってきた。山行中でなくて良かった。天守閣まで上がる。中はキリシタンの史料を集めた資料館ともなっている。
晴れていれば城の周りを見て、食事をしようと思ったが、この天気である。このまま帰ろう。途中でお蕎麦屋さんに入りゆっくりする。
大村空港に早く着きすぎるので、市内の峠で地元農産品を見て、時間つぶしをする。
トヨタレンタカー屋に午後2時55分着。予定より3時間早く戻ったので多少の返却金があるのかと期待したがなかった。(熊本ではあった。車種の違いがあったのかな)送迎車が待っているので、そそくさと送り出されてしまった。
空港で真っ先に手続きをする。7時14分発の飛行機までたっぷり時間がある。デッキで滑走路を眺めて、買い物をし、レストランで夕食を済ませた。
帰りの飛行機は早朝便と違い、年配のCA(キャビンアテンダント)であった。時代と共に人気職種にも翳りが出てきた。厳しい世の中である。正社員からアルバイトという雇用条件になり、人件費の削減は避けられないのである。....
空港から高速バスに乗り、なつ君(猫)が待つ我が家に10時頃に帰った。
実は今回の山行旅行は結婚記念35周年記念も兼ねていた。妻にはこれからもお付き合い願わねばならない。

< 参考 >
@山行記録:
歩行距離約5Km(歩行時間2時間35分)
Aコースタイム
仁田峠<20分>ロープウェイ頂上駅<15分休憩/40分>国見岳<50分>普賢岳<25分休憩/15分>紅葉の茶屋<30分>仁田峠

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